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◆コラム

少年が、軍国主義嫌いだった理由
―「われらが日々」、もうひとつのプロローグ―
中山幹

 昭和13(1938)年4月に中学生になった。二年生になった頃から、学校の忠君愛国主義と軍国主義教育が嫌いになり始め、年とともにその思いが募った。ナチスを大嫌いになった。フランスが敗れ、シャンゼリゼの通りを行進するドイツ軍の姿にパリの老市民が涙ぐむ姿をニユース映画で観たのは、たぶん昭和15年の夏だろう。パリ市民に深く同情した。翌年の12月8日には、大変なことが始まったと恐怖に襲われた。以後、敗戦の日まで、ときに祖国喪失者と非難され、時代を呪いつつ、隠れ住むような思いで暮したものだ。敗戦の年は19歳であった。陸軍二等兵で終戦の詔勅を聞き、躍り上がらんばかりに喜んだ。生涯で最大の歓喜だった。

 似たような心情であの暗黒の理不尽な日々を過ごした人は、どっさりいただろう。ただし、ティーンエイジでそんな不埒な者は少数だった。自由に憧れ、束縛を嫌ったから、時代の風潮とは正反対である。中学坊主でどうしてそんなだったのか、繰り返し考えてみるのだが、よく分からない。しごく平凡なサラリーマンの家庭に育ったし、父親にやや自由主義的傾向はあったが、並の人間だった。貧乏ではなかったが、中流の下という暮しだった。子供達に教育を与え、上流階層を目指させる意向は強かった。それも普通のことだったろう。父親の束縛に対する反発から私の自由への憧れが生じたとはいえない。

 ただひとつ、思い当たることがある。それは、新潮社から刊行された日本少国民文庫の『君たちはどう生きるか』を読んで、深い影響を与えられたと、今になって気づくのだ。全16巻のこの文庫は昭和10年10月から配本され始めた。私は小学四年生で、父の勧めで読んだ。『心に太陽を持て』『人類の進歩につくした人々』などを記憶する。吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』は、この文庫の最終回配本で、昭和12年7月の刊行。私は六年生だった。面白くて、いっきに読み、時をおかず、すぐに再読した。丸谷才一氏は、『思考のレッスン』(文藝春秋社)という本で、中学生の頃にこれを読んで影響を受けた、あれは反軍国主義の本だった、と書いている。私は反軍国主義を感じとることはなかった。社会主義的な見方・考え方と、疑問をどこまでも納得できるまで追求し合理的に考え抜くことの大切さを、強く教えられた。とくに、後者は、ニュートンがリンゴの落ちることからどうやって万有引力を発見したかを例に、印象深く語られていた。それは深く私を捉えた。当たり前とされていることも、そのままにやり過ごさずに、考え抜く。そのことの大切さ、尊さを、とかく飽きっぽく粘り強さの足りない自分を自覚しつつあった私には、身に応えるように強く教えてくれた気がする。

 主人公の少年、コペル君の叔父さんは、少年の良き導き手であるが、深い教養の持ち主らしく、私はこの叔父さんのような大人になりたい、と憧れた。北九州に住んでいた私は、この作品の舞台である大都市・東京に強い憧れを覚えた。東京こそ、私が住み、歩き、学び、成長し、考える場所なのだ、と思われた。

 折からドイツに出現したナチスは、まったく馴染めなかった。ヒトラー・ユーゲントという少年団が訪日し、そのキビキビした行動が賞賛の的となった。彼らのモットーは、規律と服従である。私の憧れる自由と自主の正反対だから、私の嫌悪は当然だ。そして日本にはナチスを礼讃し、真似する空気が日に日に濃くなった。中学校の教育が、自由から離れてゆくばかりとなったのは当然だったろう。世の中の空気はとげとげしくなり、自由は圧殺されていった。私は、あの主人公の少年の叔父さんなら、この世の有り様をどう思うだろうか、とよく考えたものだ。

 丸谷氏の本がきっかけで最近、岩波文庫でこの作品を読み返したが、何十年ぶりだろうか。脇田和の挿絵もそのまま、懐かしい。読んでいるこちらが気恥ずかしくなるような幼稚な作品なのではないか、という危惧を抱いていたが、そんなことはなかった。叔父さんのノートの部分は、少々、青臭く、気取った文章で、あまり感心しない。反軍国主義は感じとれなかった。これは、社会主義と教養主義のすすめの本である。もともと少年のための倫理学の書を狙ったものらしいが、少年小説として、それも知的少年小説として、よく出来た作品だと思う。ただ、叔父さんの身分が不明なのは不満である。大学を出た法学士とあるが、独身らしく、働いてはいない。何で暮しているのか分からない。遺産でもあるのだろうか。高等遊民である。教養は豊かだ。そんな暮しのできるインテリが当時は存在し得たのか。少し肉付け不足だ。

 小説としては、なかなかの出来ばえだ。少年の日々が生き生きと描かれていて、いい。少年の感情もよく分かる。ディテールもきちんとしていて、味わいさえある。エピソードの中には、フィクションとは思えないような、リアリティー豊かなものがある。おそらく、作者の体験が裏付けになっているのだろう。それに、当時の東京の人々の暮しがよく分かる気がする。例えば電報配達夫は赤い自転車に乗っていて、その電文は紫色のインクで印刷されていたのだ。町の景色もくっきりと描かれていて、作者の目はしっかりしていて感心する。ストーリー展開も巧みで、吉野源三郎を見直す。「世界」の編集長として活躍した吉野を私は好まないが、この作品は高く評価したい。知的少年小説の傑作だ。

 岩波文庫に入ったのは1982年で、私の求めた03年のもので49刷である。驚いた。誰がそんなに読んでいるのだろう。私の年代の老人が懐かしがって読んだところで、そんな数になるわけがない。若い世代が、それも少年達が読んでいるのだろうか。そうだとすると、喜ばしいことではないか。

中山幹(なかやま もとき):
1926年、福岡県生まれ、作家。著書に『「死」に鍛えられる』(アスペクト)『すしの美味しい話』(社会思想社、後、中公文庫)『後悔だらけのがん闘病』(新潮OH!文庫)『われらが日々』(文元社)等。

『日本少国民文庫 全16巻』:
1.人間はどれだけの事をして来たか(一)
2.人間はどれだけの事をして来たか(二)
3.日本人はどれだけの事をして来たか
4.これからの日本、これからの世界
5.君たちはどう生きるか
6.人生案内
7.日本の偉人
8.人類の進歩につくした人々
9.発明物語と科学手工
10.世界の謎
11.スポーツと冒険物語

12.心に太陽を持て
13.文章の話
14.世界名作選(一)
15.世界名作選(二)
16.日本名作選

恒藤  淑
石原  純
西村 真次
下村  宏
吉野源三郎
水上滝太郎
菊池  寛
山本 有三
広瀬  基
石原  純
飛田 穂洲
豊島与志雄
山本 有三
里見  ク
山本有三選
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